沖縄仏壇・オリジナル位牌の購入なら沖縄県那覇市の照屋漆器店へ

明日、サンレー中部紫雲閣OPEN

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明日、4月23日(土)にて、サンレー中部紫雲閣が沖縄市松本にてOPENします。

大ホール・小ホールの2ホールを構え、250台駐車できる広い敷地です。
23日、24日館内見学会となっていますので、是非お近くをお通りの際はお越し下さい。
当日には、屋台や野菜市が開催されていますので、買い物にも便利です。

時間は10時~18時までとなります。

サンレー中部紫雲閣OPEN:館内見学会
4月23日・24日
沖縄市松本 7-5-3
TEL098-937-3090 

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4月17日沖縄タイムス8面

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4月17日、沖縄タイムス・経済8面にて、東日本大震災が発生してから、香港から初めての観光客が沖縄に訪れたことが紙面に記載されました。日本全国で沖縄が初めて観光団が訪れ、被災地の地域から離れているということもあり、安心して沖縄に観光ができることに旅行会社が判断したようです。

東日本大震災が発生してから、この沖縄でも観光業界をはじめ大きな打撃を受けましたが、この中で少しばかりの光が灯り出しました。現在のご時世の風潮でいろいろと自粛しざるえませんが、この東北地方・日本が復興していくためにも経済全体の底上げ・盛り上げを日本人一人一人が行っていければと思います。

私達、照屋漆器店は先祖供養や神事を生業としています。この震災から生命の大切さを学び、この職業だからこそ、地域・沖縄・日本に貢献できることをもう一度かんがえたいと思います。

NEW黒檀仕上げ沖縄型仏壇【入荷】

照漆漆器店オリジナル仏壇、黒檀仕上げ沖縄型仏壇入荷しました。
唐木仏壇と沖縄仏壇の合わさったような仏壇です。彫刻も熟練の職人の技をあらゆる箇所に取り入れています。
唐木仏壇の善い処であります、気品と重厚さを感じ、大きさも約3尺とちょうど沖縄の住宅の間取りにあうようなサイズです。

また、沖縄仏壇特有の収納に便利なように仕上げており、機能性も充実です。

従来の沖縄仏壇と違ったお仏壇をお捜しでしたら、一度ごらん下さい。

黒檀仕上げ沖縄型 (みやこ)
サイズ
高さ1800  幅910  奥行き641

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仏壇はめ込み工事

仏壇のはめ込み工事を行いました。

3.5尺のチャーギ仏壇を押入れを壊して、3枚のはめ板を隙間にうめ、
3枚ですと、なかなか手間がかかるのですが、今回はすんなりとはまり以外と時間もかからずに終えました。

隙間もなくいけたので、よかったです。

お客様も喜んでいただけることができました。

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milit_com:東京・原宿のお花やさん

先日、東京に行ってきました
到着してからいろいろと周り、午後には友人の田畑 武将君の花やさん【milit_com】に遊びにいきました。

場所は、原宿の裏側にあって鎮静な住宅街にあり、こんなところに「花屋さんがあるんだ」と思うような場所にあります。

田畑氏曰く、目立つところにはお店をだしたくないといことでここに決めたそうです。
オープンして間もないですが、ちょくちょくと常連客もできているそうです。
店内も彼らしい、センスを感じる創りです。

まだ、若いですが原宿にお店をだすのは勇気があると思います。
家賃にしたって、原宿ですからそこそこするはずですしね。

地元の昔からの友人なので、頑張って欲しいです。
(彼には、正面から言えませんが)

下記にて、milit_comのhttpです。
是非、ごらん下さい。 
http://www.im-milit.com/info/index.html

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花まつり【4月8日】

花祭り 4月8日

仏教の開祖、釈迦の生誕を祝福する仏教行事。潅仏会(かんぶつえ)仏生会(ぶっしょうえ)といい、「花祭り」は明治以降の名称。浴像会、降誕会などともいわれます。古代から釈迦の生まれたインドで行われてきた行事からのもので、日本ではお盆とともに仏教伝来からの歴史があります。推古天皇代(606)、聖徳太子の提唱で元興寺で行われたのが最初とか。この日、各寺には花で飾った小堂、花御堂(はなみどう)がつくられます。金属製の幼仏像をその中にまつり、甘茶が参拝者によってその誕生仏にかけられます。甘茶を潅(そそ)ぐ行事なので「潅仏会」。 花御堂は釈迦が生まれたところルンピニ園の花園を表しています。 甘茶とは砂糖入りのお茶というわけではなく、キノシタ科のアマチャやウリ科のアマチャヅルを煎じた飲料です。漢方薬店で売っているらしい。お寺で参拝のあとにいただけるところもあります。麦茶に似た色をしていてちょっと甘くちょっとにがく、とろりとした飲みごこちがします。釈迦の誕生は仏典を元に4月8日夜半とされますが2月8日説もあるらしい。もともと旧暦の日付なので今は月遅れの5月8日に催す地方もある。農耕の始まりを祝す意味合いがあったり、甘茶を母乳と見たてて母性をたたえる日であったり、江戸時代には役所は休日、寺子屋は休校と「国民の祝日」的な地位を持っていました。現在、どれくらいの割合の寺院がこの日をマジメに行事しているかは分かりませんが、一般信徒たちの無理解無関心などが障害になっているかもしれません。しかしそれを理由に行っていないとしたら、寺の布教態度としていかがなものでしょうか。七月十五日と四月八日は日本の仏教のスタートからの重要な日であったはずなのに・・・・。クリスマスと復活祭を大切にするキリスト教のかたのHPに「なぜシャカの誕生祭行事はマイナーなのだろうか」という疑問がのっていました。互いの宗教の性格の違いや歩んだ歴史的な背景の違いなどから説き起しても、他教信者のこの素朴な質問に正確な納得のいく回答ができる人は少ないと思います。釈迦の父は釈迦族の王、母は磨訶摩耶(マカ・マーヤ)と言います。摩耶夫人は35歳の時、ある夜六つの牙を持つ白像が天より降りて右脇より体内に入る夢を見ました。バラモンの夢占師に聞くと、インドでは象は聖獣とされているため、まさに吉夢で、世継ぎ誕生の兆しと告げられました。マーヤはまもなく懐妊し、出産のため里帰りの途中に立ち寄ったルンビニ園の庭で休息中、無憂樹の花を手で折ろうとしたところ、右脇の下から釈尊がお生まれになったとされている。釈尊は生まれた直後に周囲を見わたし七歩あるいて右手を天に指し左手を大地に向けて「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)と言ったとか。その時天竜が天から下って甘い露を潅(そそ)いだ、という説話が元になっている。宇宙間に自分より尊いものはないという意味で、人間一人ひとりが宇宙にただ一つしかない命をいただいている尊い存在だという意味です。(http://web.kyoto-inet.or.jp/org/bukkyo-c/index1.htmlより)
この姿をかたどったものが誕生仏像で甘茶をかけるために金属(銅)で造られたもので小像が多い。

誕生日が潅仏会なら、命日は涅槃会(ねはんえ)
釈迦の死没年についてはいまだ学問上の問題とされますが、紀元前483年説が有力。南方仏教圏では仏滅紀年法で紀元前543年となっています。80歳で死去(入滅)したことは定説とされています。

  

        http://www.kitanet.ne.jp/~kiya/paper/pp07.htmより